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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)8157号 判決

原告 合資会社一平本店

右代表者 佐藤信男

右代理人 長瀬秀吉

〈外二名〉

被告 新橋株式会社

右代表者 篠原はる

右代理人 太田耐造

〈外一名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

被告所有の東京都中央区銀座西七丁目二番地所在の木造トタン葺二階建店舗一棟、建坪六十二坪五合、二階五十坪のうち一階の賃借人が原告会社であつたか、それともその代表者佐藤信男個人であつたかどうかの点はしばらく措き、右建物の二階及び一階の一部が昭和二十七年二月十五日発生した火災のため焼失したことは当事者間に争がない。原告は右焼失部分は建物の一部に過ぎず、修理すれば継続して使用することは可能であつたと主張し、被告はその焼失は殊んど全焼に近く、貸借権はこれにより消滅したと抗争するのでまずこの点から判断する。成立に争のない乙第五号証の一ないし九、証人遠藤大、同森本福司、同荒井善治郎の各証言を綜合すると、原告会社は当時右建物を飲食店経営に使用していたが、その暖房用に石炭ストーブを右建物の一階入口の右側にとりつけた。ところがストーブの亜鉛製煙突が貫通する壁の部分に僅かに鉄板二枚を挿入したのみで、他になんら防火施設をしなかつたため、右煙突が木摺板に接触し、煙突の熱気によりその周囲の木摺板は次第に炭化し、遂に発火するに至り、火勢は袋壁内部を上昇し、一階天井裏をぬけ、入口の上方の梁、桁等を焼いて天井裏へ延焼し、その火勢は次第に拡大して火災となつたもので、その結果、階下の柱や内壁には焼き崩れはなかつたが天井は僅か入口附近を残して全部焼け落ち北東部の梁等も焼け落ち、床は後方のタイル張調理場の一部約一坪を残して全部焼失したことが認められ、また二階は建物右端の階段附近を残して殆んど焼け、中央附近から左側の屋根は焼け落ち、天井の残つている部分はなく、仕切壁は傾き或は倒れ壁体の一部も焼失し、結局建物全体の約八割が焼失し、火災保険会社においても保険金額百万円のうち九十七万円を支払つていることが認められ、他に右認定を覆すに足る措信し得る証拠はない。

右の認定によれば、本件建物は火災による破損による破損で滅失し、右建物に対する賃借権もこれによつて消滅したものといわなければならない。もつとも、係争の賃借権は階下の一階のみに関するものであり、その一部分がそのまま残存していることも前認定のとおりであり、物理的にはその復旧は必ずしも不可能ではあるまい。ことに二階を取りこわして一階に改造し、屋根をつけ若干の修理を加えれば、階下を再び飯食店として使用することも物理的には可能であろう。しかし物理的にみて建物の修復が可能かどうかということと、法律的にみて賃借権の目的たる建物が滅失したとみるべきかどうかの問題は全く係り合のないことである。例えば、法務省の庁舎は完全に復旧されたが、戦災直後の状況においては、それが滅失した建物であつたことはおそらく何人にも異論のないところであろう。建物の主要部分が破損して、その建物が建物としての効用を失つた場合には、賃借権の目的物としては当該建物は法律上滅失し、建物の賃借権はこれによつて消滅したものと解しなければならない。しかして建物の如何なる部分とみるか、またどの程度の破損があつた場合に建物としての効用が失われたものとみなすべきかは、もとより建物の種類、構造、用途等によつてそれぞれ異り、必ずしも一様にはいえないが、本件建物は木造二階建で、前認定のように二階の大部分と屋根の大半が焼失し、一階の天井の大部分と梁等が焼け落ち風雨をしのぐべくもない程度に破傷されているのであるから、階下の壁や柱がそのまま残存していたとしても二階は勿論、階下の部分も既に建物としての効用が失われたものとみるのが相当であり、その修復にも多額の費用を要するのであるから、法律的にはこれを建物の滅失とみる外はない。従つて、建物及び賃借権の存続を前提とし被告の修繕義務不履行を原因として損害の賠償を求める原告の本訴請求は爾余の点を判断するまでもなく、その理由がない。

加之、本件建物の破損は前認定のように原告の失火によつて惹起されたものであり、その破損の程度も極めて著しいものであるから、仮りに賃借権が存続しているものとみても、なんら特別の事情の存在について主張のない本件においては、被告に修繕義務のないことは多く説明を要せずして明らかであるから、所詮、原告の本訴請求は排斥を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井良三 裁判官 藤本忠雄 杉田洋一)

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